都市体験が生み出す優位性―企業の立地が従業員満足度を高める仕組み

デニムの短パンとTシャツ姿の女性が、街並みを背景に、微笑みながら踊るように歩いています。「都市体験による人材優位性」とは、都市や地域が住民や労働者にとってより充実した体験を提供できる場合に生じる効果を指します。
「都市体験による人材優位性」とは、都市や地域が住民や労働者にとってより充実した体験を提供できる場合に生じる効果を指します。Image: Unsplash+/Getty Images
  • 「都市体験による人材優位性」とは、企業や組織が住民や労働者が日常生活で利用する各種サービスの質が向上していると感じられる地域に拠点を置くことで得られる優位性のことです。

  • 興味深いことに、仕事の満足度を左右するのは都市機能の量ではなく、住民がそうしたサービスの質が時間とともに向上していると感じているかどうかです。重要なのは「改善の方向性」であり、「現在の充実度」ではありません。

  • 80都市以上を対象とした調査によると、この「都市体験による人材優位性」はほぼすべての業種において従業員満足度を向上させており、体験価値の高い都市と低い都市の間では満足度に30ポイントもの差が生じています。

人材獲得競争は変化しており、企業が当然と考えていた「効果的な施策」はもはや通用しなくなっています。

何十年もの間、企業は自社でコントロール可能な要素、つまり給与、福利厚生、企業文化、マネジメント手法などに注力してきました。これらの要素は現在でも重要ですが、人材確保の方程式において重要性を増している要素があります。それは、企業が所在する地域そのものの特性です。地域特性が、企業が必要とする人材の獲得、維持に役立つようになってきているのです。

リモートワークやハイブリッドワークの普及により、立地の重要性がさらに高まり、従業員はより柔軟な働き方を選択できるようになり、自らの生活を築く場所を自由に決められるようになりました。先進的な企業は、立地が人材戦略の中核をなす重要な要素であることを理解しています。

一方で、あまり目立たないことですが、ロンドン、パリ、東京といった世界の主要都市が提供していない独自の価値を提供することにより、都市は競争優位性を獲得することができます。これらの主要都市は確かにレストランや美術館、公園、大学、企業、文化施設などは豊富に揃っていますが、それらの施設を最も便利かつ満足のいく形で利用するための環境が常に整っているとは限りません。交通渋滞、物価の高さ、移動距離、ストレス、煩雑な手続きなどが障害となることが多いのです。

人々にとってより重要になっているのは、都市が提供する各種の施設そのものではなく、それらを利用する際に得られる体験の質です。私たちはこれを「都市体験による人材優位性」と呼んでいます。つまり、企業が住民や従業員に豊かな日常体験を提供できる都市に拠点を置くことで得られる、人材面での優位性を表します。

この概念をより深く理解するため、BCGが5大陸80都市以上で実施した約17,000人の専門職従事者を対象とした「Cities of Choice(選択される都市)」調査のデータを参照しています。同調査から、都市が提供する各種施設の密度と、実際に住民がそれらを利用する際の体験という、混同されがちな2つの要素を明確に区別することができます。

「都市体験による人材優位性」の仕組み

私たちは、住民1人当たりの施設数と、それらを利用する際の体験の質を、住民の都市や職場に対する満足度、幸福感、帰属意識と比較分析しました。さらに、体験価値を提供する施設が最も集中している都市が、最も満足度の高い労働力を生み出しているかどうかを検証しました。

その結果、そのような都市が必ずしも最も満足度の高い労働力を生み出しているわけではないことが明らかになりました。実際、体験施設の密度(バー、レストラン、コンサート会場、博物館などの数)と仕事の満足度の間には負の相関関係が認められます。

施設が最も充実している都市が、必ずしも労働者が最も幸福で、最も長く働き続ける都市とは限らないのです。満足度を決定付ける要因は、別の要素にあります。それは、住民が自分の住む都市が娯楽、余暇、日常生活の質の面で改善の方向にあると感じているかどうかです。これこそが、企業の意思決定者が注目すべき重要な指標です。単に現在の設備やサービスの充実度ではなく、改善の方向性こそが真に重要なのです。

この指標が指し示すのは、従来見過ごされてきた別のタイプの都市群です。多くの企業が注目していないものの、すでに「都市体験による人材優位性」が形になりつつある都市です。このような取り組みが成功している都市の例としては、アラブ首長国連邦のドバイ、インドのバンガロール、マレーシアのクアラルンプール、米国ニューヨーク市、サウジアラビアのリヤド、アゼルバイジャンのバクーなどが挙げられます。

都市体験の人材面における優位性は、非常に大きなものです。日常生活体験の質に満足している住民が多い都市では、労働者の78%が「自分の仕事が好きだ」と回答しています。一方、住民の満足度が低い都市では、この割合はわずか48%に留まり、30ポイントもの大きな差が生じています。この差は、ほとんどの企業の関心が及ばない都市生活の重要な側面によって生じているのです(図表A参照)。

図表AImage: BCG

私たちは都市生活の11の要素について調査を行い、仕事満足度に最も大きな影響を与える要素を特定しました。その要素とは、経済的機会、住宅事情、交通インフラ、医療サービス、教育環境、公共スペース、気候、治安、行政サービス、社会的結束、そして日常生活の体験そのものです。

こうした体験価値の要素は、経済的機会とほぼ同等の影響力を持つことが明らかになりました。住宅事情、医療サービス、交通インフラ、治安といった他の要素を上回っていたのです。特に注目すべきは、労働者がどこに住み、そこでどのような日常生活を送っているかが、その仕事に対する満足度に同等の影響を与えるという点です(図表B参照)。

図表BImage: BCG

この「都市体験による人材優位性」は、従業員の定着率向上において特に大きな効果を発揮します。体験価値の高い都市で働く従業員は、現在の職場に留まる意向を示す割合が12ポイント高くなっています(図表C参照)。この効果は若年層においてさらに顕著です。

25歳未満の労働者の場合、体験価値の高い都市と低い都市の間では、定着率の差が20ポイントにも達します。一方、50代後半の労働者では、この差はわずか6ポイントに留まります。日常生活の体験価値は、企業が現在最も必要とし、獲得競争を繰り広げている若手人材にとって特に重要な要素なのです(図表D参照)。

図表CImage: BCG
図表DImage: BCG

さらに、この効果は所得水準を問わず普遍的に見られます。よりパフォーマンスの高い都市への移住は、所得階層が1つ上がるのとほぼ同じ程度に仕事満足度を向上させます。つまり、報酬だけではこの格差を埋めることはできないということです(図表E参照)。また、この効果は富裕層の多い都市特有の現象ではありません。労働者1人当たりの国内総生産で調整を加えた場合でも、この関係性に変化は見られませんでした。

さらに注目すべきは、この効果は製造業から医療、農業に至るまで、あらゆる産業分野に及んでいるという点です。中でも、リモートワークに最も柔軟な業種であるIT分野では、体験価値の高い都市と低い都市の間で仕事満足度に20ポイントもの差が生じています(図表F参照)。

都市そのものが持つ魅力や提供される経験は、人材の獲得、維持においてますます重要な要素になっているのです。

図表EImage: BCG
図表FImage: BCG

「都市体験による人材優位性」がビジネスと都市にもたらす意味

企業にとって、この「都市体験による人材優位性」は立地決定のあり方を根本から変えるものです。従来、企業は立地をコスト面、物流の利便性、インセンティブの有無、そしてすでに「優れた都市」と認識されているかどうかという観点から検討する傾向にありました。これらの要素は確かに重要ですが、「人々はどこに住みたいと思うのか」という根本的な問いには答えていません。

その答えは、都市が持つ体験的な質と、その体験が継続的に向上しているかどうかにあります。競争すべき価値のある都市は、必ずしも既存の超一流都市ではなく、むしろ成長著しい新興都市である場合が多く、そこでは日常生活がより豊かで、よりつながりがあり、より開放的で、可能性に満ちていると感じることができます。

この変化を早期に認識した企業は、人材が長期的に定着したいと思うような立地を選択することで、真の競争優位性を獲得できるでしょう。

「都市体験による人材優位性」は 都市にとっても重要になっています。現状は経済発展という本来の仕事が完了した後の「おまけ」として扱われがちですが、公園、公共空間、文化、ナイトライフ、歩きやすさ、街の活気といった都市における日常的な体験こそが、人材を引き留め、深く安定した人材プールを形成し、それが企業、投資、資本を呼び込む原動力となるからです。

日常生活の体験に投資することは、決して贅沢ではありません。それは企業の立地戦略と都市経済発展における中核的な要素なのです。この本質をいち早く理解した都市と企業こそが、未来を勝ち取るでしょう。

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